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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

 義徳君は同じ母を持つ弟ながら、完宗とは似ても似つかず、相成の孫である正室の他にも十指に余る側室を侍らせ、昼日中から妓生(キーセン)を呼び止せ、どんちゃん騒ぎを繰り広げているという。そんな男が王となれば、朝鮮は再び暗黒の闇に閉ざされてしまうだろう。
 義徳君と相成の孫娘の間には去年、第一王子が誕生している。この幼い王子は相成には曾孫になり、彼としては尚更、孫聟を玉座に据えたい想いに駆られているだろう。義徳君が王となれば、いずれは彼の血を引く曾孫が次の王となる。彼が長年夢見た国王の外戚となれるのだ。
 その瞬間、香花はすべて辻褄が合ったような気がした。十日余り前、ひそかに忍び込んだ盗っ人、世にも類稀な美貌の男が盗み出した殺生簿に記されていた名前。彼女が偶然眼にしたのが、完宗を支える忠臣領議政孫平徳と兵曹判書臨穏堅の名前だった。あの殺生簿には他にも多くの人の名前があったようだから、陳相成は領議政と兵曹判書だけでなく、更に多くの臣を一挙に消すつもりなのだろう。
 左議政の言うところの〝奸臣〟が〝忠臣〟なのは誰の眼にも明らかだ。要するに、陳相成は自分の野望―義徳君即位の邪魔になる者たちをこの際、一網打尽にしようと画策しているのだ。
 そして、明善はその怖ろしい陰謀の片棒を担がされている。
 考えれば考えるほど、その空恐ろしさに身震いしてくる。両手に捧げ持った小卓が小刻みに揺れる。
―いけないッ。
 そう思ったときは遅かった。
 香花の手から離れた小卓は派手な物音を立て、廊下に落ちる。衝撃で茶器や干菓子を載せた器が割れ、粉々になった。

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