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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

「さりながら、そうやって、やけにあの娘を儂から遠ざけようとするところが怪しい。よほど、あの娘に執心しておる証だぞ。まあ、良い、儂も今、そなたにつむじを曲げられたら、厄介だ。こたびは眼を瞑ろう、したが、あの小娘、そなたが飽きれば、儂に譲れ」
「是非、そのように致しましょう」
 明善が冷淡とも思える声音で相槌を打つ。およそ、いつもの彼からは想像もできない冷え切った声である。
「―」
 あまりといえば、あまりの言い様に、香花は涙を堪えられない。それでも泣き声を洩らしてはならず、声を殺して泣きながら、小さな欠片を一つずつ、拾う。
 と、欠片の鋭く尖った部分に指先が触れ、傷ついた。見る間に紅い血が盛り上がり、つうっと白い指を流れ落ちる。
 紫陽花の花が夜陰にひそやかに花開いている。あれほど雨続きだったにも拘わらず、ここ数日、まるで梅雨など終わったかのような快晴が続いていた。
 日照り続きのせいか、折角深まってきた紫陽花の色も褪せ、緑の葉をしおれさせている。まるで、花がうなだれ、泣いているようだ。
 香花は、すっかり元気を失った紫陽花を眺めながら、ひっそりと涙を零した。

 その場を片付け、厨房に戻った香花は、ウィギルを呼びにゆき、改めて用意した酒肴を明善の部屋に運んで貰った。
 ウィギルが無事に運び終えたのを確かめた後、与えられた自室に戻り、夜着に着替える。
―今宵もそなたの許で過ごすゆえ、湯浴みは済ませておくのだぞ。
 明善は相成の手前、ああ言ったけれど、現実にその必要はない。香花は夜着に着替えると、そのまま褥に潜り込んだ。

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