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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

「まだ夜は冷える。折角癒えた病がぶり返したら、今度は私が桃華や林明に叱られそうだ」
 やはり明善の広い胸に背中を預けた形で、香花は逞しい腕にすっぽりと包み込まれる。
 大好きなひとの腕に抱かれている―。そう思っただけで、身体が一瞬で熱くなり、自分でも訳の判らない妖しい震えが身体中を駆けめぐる。胸の鼓動は煩いほど跳ね上がり、到底、眠れるはずもないのに、流石に疲れたのか、香花はいつしか深い眠りの底にいざなわれていった。
 たとえ、愛を貰えなくても構いはしない。明善が今もまだ亡き奥方を愛しているのだとしても、大丈夫。
 むろん、哀しいけれど、それは最初から覚悟していたことだから。そう思っても、やはり、真実を知ってしまった衝撃は大きかった。
 よもや、明善の過去にそこまで壮絶なものがあったとは想像だにしなかった。
 報われない恋のゆくえと明善の抱える果てのない絶望に心は重く沈み、眠りながらも香花は涙を流した。
 だから、彼女は知らない。香花をしっかりと腕に抱いて横たわる明善が何かを思い巡らせるような眼でじいっと天井を見つめ、朝方まで一睡もしなかったこと、更には、彼が時折、人さし指で香花のやわらかな頬を流れ落ちる涙を拭いてやったことも。
 香花にとって、恋い慕う明善に抱かれて共に過ごした一夜は、忘れられない夜となった。
 朝、香花が目ざめた時、既に傍らに明善の姿はなかった―。

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