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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第24章 交錯する想い

 ふと視線を動かしたその先に、何か明るい色彩を捉え、香花はハッと我に返った。手の甲で眼をこすり、眼前を凝視する。
 つぶらな橙の実が鈴なりになった樹が何本が身を寄せ合うようにして植わっていた。
「―冬珊瑚」
 自然に唇から言葉が落ちる。時を経るにつれて、緑・白・橙・赤と変化する実を珊瑚に見立てての命名である。秋から春まで株全面に愛らしい実をつける。派手やかさはない分、控えめな可愛らしさがある。実を付ける前には、清楚な白い小花を咲かせ、香花は、この花が好きだった。
 自分でも不思議だと思った。もうこの場所で洗濯をするのは毎日の日課になってしまっているのに、今まで、こうして冬珊瑚を眺めたことなんて一度もなかった。つまりは、今の香花の日々がそれだけ心理的にゆとりのないものだということでもある。

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