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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第24章 交錯する想い

 井戸には満々と水が湛えられており、水面には自分の顔がはっきりと、あたかも鏡に映し出したかのように映じていた。 
 彼女は水に映った自分の影に魅入られたように眺め入った。蒼い不思議な蝶はどこに消えたものか、影も形も見えない。
―おいで、ここにおいで。
 ふいに誰かが自分を呼ぶ声が聞こえてきて、香花は眼を瞠った。
 慌てて周囲を見回す。しかし、見渡す範囲に人影はなく、ただ冬珊瑚の実が冬の弱々しい光に照らされているだけだ。
 香花は常人に比べると、聴覚がとても良い。一瞬、誰かが自分を呼んだのかと思ったのだけれど、どうも違うようだ。
―おいで、こちらにいらっしゃいな。
 また、誰かが呼んでいる。
 香花はもう一度、周囲をゆっくりと見回し、更に水面を覗き込んだ。
 声はどうやら水底(みなそこ)から響いてくるようだ。

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