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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

 常に黒装束に身を固めてその素顔を見せないので、誰も光王の容貌を知らない。都のどこかで光王とすれ違っていたとしても、本物の光王を彼の有名な義賊だと判別できる者はいないのだ。
 その正体は絶世の美女、または息も絶えそうな老人、更には眉目麗しき美少年と様々に推測されてきたが、光王はけして人の前に進んで姿を現そうとはしなかった。
 その天下の大盗賊が何ゆえ、自分の前にこうも無防備にも姿を見せたのだろう。
「嘘でしょ」
 口ではそう言ったものの、光王を名乗るこの世にも美しい男が冗談などでそんなことを口にするとは思えない。
 時折、眼に閃く危険な光、全身から発散される圧倒的な存在感。こんなものを持つ男がただの女タラシであるはずがない。
 飄々としたお調子者の仮面の下に隠された鋭く怜悧な素顔を持つ男。
 この男は間違いなく本物の光王だ。
 香花は、眼前の不遜とも思える笑みを浮かべている男をただ黙って見つめた。
「どうして、私に素姓を? もし、私が役人に〝義賊光王〟がここにいますって届け出たら、どうなると思ってるの?」
「役人に知らせるなり、何なり好きにすれば良い」
 どこか投げやりに聞こえる科白に、香花は眼を瞠った。
「あなたらしくないわね。あなたにそんな弱気な科白は似合わないと思うけど」
「俺もヤキが回ったかな。長い間、苦楽を共にしてきた仲間とも別れちまってよ。幾ら義賊ともてはやされていようが、所詮盗っ人は盗っ人だ。良い加減にこんな稼業からは脚を洗わないと、二度と引き返せなくなっちまう。―俺自身は好きで始めたことだから構いはしないが、仲間まで絞首刑や断頭台送りにさせるわけにはゆかない」

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