テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

「たとえ大切な女房を寝取られたのだとしても、それが嫌なら、最初から女房と心中すれば良かっただけの話だろう? 少なくとも、俺が明善なら、二人で死を選ぶね。女房を左議政に差し出したその時、あの男はもう女より自分の保身を選んでいたんだ。今更、敵討ちだか何だか知らないが、無辜の民を巻き添えにするなんざァ、それこそ正気の沙汰とも思えない」
 唾棄するような口調に、香花は叫んだ。
「旦那さまのことを悪く言わないで。あなたなんかに何が判るの? 義賊だ英雄だ真の王だなんて、皆から持ち上げられて良い気になっていたくせに!」
 必要以上に物言いが鋭くなってしまったのは、この場合、致し方なかったろう。
 光王の面に軽い驚愕がひろがった。
「お前―、まさか本当にあの男に惚れてるのか。悪いことは言わない、あいつだけは止めろ。あいつは一見、穏やかで理知的、春風のように感じられる男だが、昏い翳りの星を背負っている。不吉な宿命を背負った奴と拘われば、お前まで不幸になるぞ?」
「放っておいて、私の勝手でしょ」
 香花はそのまま駆け出した。
 涙が知らず滲んでくる。最初、あの男―光王が自分に逢いにきたのを知ったときは、その大胆さに度肝を抜かれたものの、温かなものが胸に流れ込んできたのに。あんな失礼な女タラシなんてと思いながらも、心のどこかで再会を素直に歓ぶ自分もいたのだ。
 なのに、最低だ、あんな男。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ