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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第26章 都の春

「金(キム)勇(ヨン)承(スン)という男をご存じですかな」
 老人の眼に、まるで相手を見定めるような鋭い光が一閃する。流石は朝鮮一の知恵者と呼ばれる需学者だ。一見、いかにも温厚そうな老翁だが、その瞳は全く隙がない。
 真悦は細い記憶の糸を手繰り寄せるように眼を伏せ、考え込み、はたと手を打つ。
「ああ、確か正七品(官吏の位、正七品から従九品が下級官僚)でしたね。博識で知られ、下級官吏にしておくのは惜しい男だという専らの噂でした」
「勇承が亡くなったのも、ご存じで?」
「はい、有能な人材を亡くしたと領(ヨン)相大(サンテー)監(ガン)を初めとする上の方の方々もよく話しておいででした」
 峻烈はその言葉には、満足げに頷いた・
「儂はその勇承と個人的に親しくしておりましてのう。仰せのごとく、若死にさせるには惜しい男でした」

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