月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第4章 夜の蝶
その後は、どうするのだろうと眺めていたら、池の畔の紫陽花を見て口々に何やら話し始めた。聞き耳を立てるのも我ながら大人げないふるまいだとは思ったけれど、興味には勝てなかった。
もう直、梅雨も明ける。庭の紫陽花は今が盛りで、真っ青に染め上がっている。明善は数度しか眼にしたことはないが、子どもの頃に両親に連れられて行った旅先で見た海は、あんな色をしていたように記憶がある。
小さな星型の花が無数に集まって毬のような形をした花が幾つも重たげに付いているのは、見事としか言いようがない。その幾つもの大ぶりの花をつけた緑の繁みの傍ら、更にひとまわり小さな繁みがこんもりと並んでいた。
これも紫陽花であることに変わりはないのだが、崔家では昔からこの紫陽花を〝幻の花〟と呼んできた。非常に珍しい希少種なのだというが、彼の記憶にある限り、この繁みが花をつけたのを見たのは、ただの一度きりしかない。
つまり、滅多に咲かないから、幻の花ということなのだろう。正式な名前はもちろんあるのだろうが、少なくとも彼も彼の両親も、その名前を知らなかった。
ふいに、林明の興奮した声が響き渡り、彼の夢想を破った。
「先生、この花は、幻の花っていうんだ」
得意気に披露する林明を、香花は微笑んで見つめている。
「幻の花?」
香花は興味を引かれたらしく、黒い冴え冴えとした瞳をきらめかせていた。
「うん、父上がそう教えて下さったんだ」
傍から桃華が引き取る。
「何でも滅多に咲かない花なんだそうです」
「そういえば、こっちの紫陽花はこんなに綺麗に咲いているのに、〝幻の花〟の方は全然、蕾すら付けてないものね」
もう直、梅雨も明ける。庭の紫陽花は今が盛りで、真っ青に染め上がっている。明善は数度しか眼にしたことはないが、子どもの頃に両親に連れられて行った旅先で見た海は、あんな色をしていたように記憶がある。
小さな星型の花が無数に集まって毬のような形をした花が幾つも重たげに付いているのは、見事としか言いようがない。その幾つもの大ぶりの花をつけた緑の繁みの傍ら、更にひとまわり小さな繁みがこんもりと並んでいた。
これも紫陽花であることに変わりはないのだが、崔家では昔からこの紫陽花を〝幻の花〟と呼んできた。非常に珍しい希少種なのだというが、彼の記憶にある限り、この繁みが花をつけたのを見たのは、ただの一度きりしかない。
つまり、滅多に咲かないから、幻の花ということなのだろう。正式な名前はもちろんあるのだろうが、少なくとも彼も彼の両親も、その名前を知らなかった。
ふいに、林明の興奮した声が響き渡り、彼の夢想を破った。
「先生、この花は、幻の花っていうんだ」
得意気に披露する林明を、香花は微笑んで見つめている。
「幻の花?」
香花は興味を引かれたらしく、黒い冴え冴えとした瞳をきらめかせていた。
「うん、父上がそう教えて下さったんだ」
傍から桃華が引き取る。
「何でも滅多に咲かない花なんだそうです」
「そういえば、こっちの紫陽花はこんなに綺麗に咲いているのに、〝幻の花〟の方は全然、蕾すら付けてないものね」