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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】

 絢は懸命に走った。走りに走り抜いて、漸く小屋が見えてきたときには安堵のあまり泣きそうになった。
「どうした、絢」
 小屋の前で薪を割っていた太吉が顔を上げ、妻のあまりの取り乱し様に愕いた。
「お前さま」
 絢は無我夢中で太吉に取りすがった。
「一体、どうしたんだ? 何があった」
 太吉は怯える妻を抱きしめると、その顔を覗き込んだ。
「私、私―」
 絢は泉のほとりで出逢った怖ろしい男のことを良人に話そうとしたが、混乱のあまり到底話ができる状態ではなかった。ただただ恐怖だけが後から押し寄せてきて、絢は太吉の広い胸に顔を押しつけた。
「何かあったのか?」
 太吉は幼子に訊ねるような口調で言い、絢の背をトントンと叩いた。この時、太吉は十八になっていた。太吉が卯平の許で暮らすようになってから十一年の年月が流れていたが、初めて見たときは絢よりも低かった背はこの間にぐんと伸び、いつしか絢をはるかに上回っていた。今では絢は太吉を見上げるような格好で話さねばならない。痩せていた身体にも筋肉がつき、どこから見ても逞しい若者に成長していた。
「怖い人がいたの」
 絢はやっとの想いで言った。
「怖い人?」
 太吉が問い返すと、絢はコクリと頷いた。
「とと様のお墓にお詣りしていたら、急に馬に乗った男のひとが現れて、私を無理に馬に乗せようとしたの」

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