
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】
話している中に改めて怖くなり、絢は涙ぐんだ。あの男は一体、絢をどうするつもりだったというのだろう。もし、あのまま怖ろしい男に連れ去られていたとしたら、自分はどうなっていたのか。絢は考えただけでも恐怖で身体中の肌が粟立つようだった。
「馬に乗っていたというなら、村人ではないな」
太吉は不安げな顔で考え込んだ。
「恐らくは甲斐の殿様にお仕えする武士か」
太吉は呟くと、絢に優しく言った。
「絢、当分は泉には行かない方が良い。俺もできるだけ家にいるようにはするが、ずっとお前の側にいるというわけにもいかねえ。もし、俺が留守にするときは必ず戸締まりをきちんとするんだ。たとえ誰が訪ねてこようと、けして戸を開けてはならねえぞ」
「はい」
絢はまだ身体を震わせながら頷いた。
太吉はそんな妻の背を撫でながら、そっと溜め息を零した。絢は太吉よりは一つ年上の女房だが、到底十九には見えない。まるで水辺にひそやかに咲く白椿のように可憐で儚げな少女だった。その内側には外見には似合わぬ強さが秘められてはいるのだが、それを知る者は今は亡き卯平と太吉のみであった。
透き通るような白磁の肌に、黒曜石の瞳、形の良い唇は朱を点じたようだ。太吉は仕留めた獲物を町に売りに出てゆくことが多いが、町で見かける女にもなかなか絢ほどの美貌を見かけることはない。粗末な小袖を身に纏ってはいても、絢には生まれながらの気品、または内面から滲み出る美しさのようなものが備わっていた。それが外見の美しさを更に引き立てているのだ。
―可哀想に、これほど美しく生まれついたことがこの娘に災いをもたらそうとしているのだ。
「馬に乗っていたというなら、村人ではないな」
太吉は不安げな顔で考え込んだ。
「恐らくは甲斐の殿様にお仕えする武士か」
太吉は呟くと、絢に優しく言った。
「絢、当分は泉には行かない方が良い。俺もできるだけ家にいるようにはするが、ずっとお前の側にいるというわけにもいかねえ。もし、俺が留守にするときは必ず戸締まりをきちんとするんだ。たとえ誰が訪ねてこようと、けして戸を開けてはならねえぞ」
「はい」
絢はまだ身体を震わせながら頷いた。
太吉はそんな妻の背を撫でながら、そっと溜め息を零した。絢は太吉よりは一つ年上の女房だが、到底十九には見えない。まるで水辺にひそやかに咲く白椿のように可憐で儚げな少女だった。その内側には外見には似合わぬ強さが秘められてはいるのだが、それを知る者は今は亡き卯平と太吉のみであった。
透き通るような白磁の肌に、黒曜石の瞳、形の良い唇は朱を点じたようだ。太吉は仕留めた獲物を町に売りに出てゆくことが多いが、町で見かける女にもなかなか絢ほどの美貌を見かけることはない。粗末な小袖を身に纏ってはいても、絢には生まれながらの気品、または内面から滲み出る美しさのようなものが備わっていた。それが外見の美しさを更に引き立てているのだ。
―可哀想に、これほど美しく生まれついたことがこの娘に災いをもたらそうとしているのだ。
