花鬼(はなおに)~風の墓標~
第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】
そんな夜を何日も過ごしている中に、暦はいつしか弥生に入っていた。その日、太吉は森で仕留めた獲物を町まで売りに出ることになった。村には太吉を知っている者があまりに多いため、太吉はいつも素通りして町まで出る。もう半月もの間、太吉は町に出ておらず、このままでは夫婦二人金もなくて飢え死にしなければならなくなってしまう。この半月間は何とか森で仕留めた獣の肉を食べたりして凌いできたが、やはりそれだけでは限界があった。
その日の朝、絢は家の前で太吉を見送った。「良いか、絶対に一人で外に出るんじゃないぞ」
太吉は昨夜からもう何度となく言い聞かせた言葉を妻に囁いた。絢は太吉に微笑んで見せた。本当は行って欲しくなかった。家の中にいても、あの怖ろしい、冷たい眼をした男の貌をふっとした拍子に思い出してしまう。 できることならば「行かないで」と太吉を止めたかった。でも、そんなことはできない。
この半月ばかり、何とか太吉が猟で獲ってきた獣肉と残ったわずかばかりの米で食いつないできたけれど、もうこれが限界であった。味噌も米も醤油も何もかもが底を突いてしまった。いくら心細くとも太吉に町に行って仕留めた獣と当座に必要な米などの食料と交換してきて貰わねばならない。近くの村でそれができるならば良いのだけれど、太吉はどんなことがあっても村にだけは行きたくないと言う。
太吉は多くを語らないが、村には太吉を無情にも捨て去り見殺しにしようとした両親が今も生きているらしい。太吉の心境を思えば、村で食料を調達してきて欲しいとは言えない。
その日の朝、絢は家の前で太吉を見送った。「良いか、絶対に一人で外に出るんじゃないぞ」
太吉は昨夜からもう何度となく言い聞かせた言葉を妻に囁いた。絢は太吉に微笑んで見せた。本当は行って欲しくなかった。家の中にいても、あの怖ろしい、冷たい眼をした男の貌をふっとした拍子に思い出してしまう。 できることならば「行かないで」と太吉を止めたかった。でも、そんなことはできない。
この半月ばかり、何とか太吉が猟で獲ってきた獣肉と残ったわずかばかりの米で食いつないできたけれど、もうこれが限界であった。味噌も米も醤油も何もかもが底を突いてしまった。いくら心細くとも太吉に町に行って仕留めた獣と当座に必要な米などの食料と交換してきて貰わねばならない。近くの村でそれができるならば良いのだけれど、太吉はどんなことがあっても村にだけは行きたくないと言う。
太吉は多くを語らないが、村には太吉を無情にも捨て去り見殺しにしようとした両親が今も生きているらしい。太吉の心境を思えば、村で食料を調達してきて欲しいとは言えない。