花鬼(はなおに)~風の墓標~
第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】
昼になり、絢は猪の干した肉を火に焙って食べている最中に、ふと今日が父の命日であることに気付いた。ここのところ、例の男のことばかりに気を取られていたので、大切な日を忘れるところであった。三年前のこの日、父は荒れ狂う猪に手傷を負わされ、それが元で無念の死を遂げたのだ。卯平はまだ四十にもなっていなかった。父のことを思うと、絢は居ても立ってもいられなくなった。
さんざん思案した挙げ句、ほんの少しだけなら大丈夫だろうと判断し家を出た。絢自身は家の外へは殆ど出ていないが、太吉は毎日のように泉の周辺まで行き、怪しい者がいないかどうか確かめている。しかし、太吉があの男を見たことはなく、日は平穏に過ぎていた。
絢の心のどこかに油断が生じていた。半月もの間、あの男は姿を現さなかったのだ。一見しただけでも高位の武将であることは絢にでさえ判った。上等の蒼い小袖に同色の括り袴、乗っていた白馬は美々しくも鍛え抜かれた見事なものだった。そのような武士がこんな森の奧までわざわざ何度も来るとは思えず、あれはほんの気紛れであったのだと絢は思い込もうとしていた。
もう、あの冷たい眼をした男が来ることはない―と、絢は一人で結論を出した。むろん、父の墓参を済ませたら、すぐに家に戻るつもりだった。絢は父の好きだった草団子を作り、それを竹の皮に包んだ。泉のほとりまで来ると、不思議な懐かしさを憶えた。半月前と変わらず泉は清らかな水を湛え、水辺には白い花が咲き誇っている。あまたの花が次々に咲いてゆくので、山桜が咲き初める頃まで、ここの椿は十分に楽しめる。
さんざん思案した挙げ句、ほんの少しだけなら大丈夫だろうと判断し家を出た。絢自身は家の外へは殆ど出ていないが、太吉は毎日のように泉の周辺まで行き、怪しい者がいないかどうか確かめている。しかし、太吉があの男を見たことはなく、日は平穏に過ぎていた。
絢の心のどこかに油断が生じていた。半月もの間、あの男は姿を現さなかったのだ。一見しただけでも高位の武将であることは絢にでさえ判った。上等の蒼い小袖に同色の括り袴、乗っていた白馬は美々しくも鍛え抜かれた見事なものだった。そのような武士がこんな森の奧までわざわざ何度も来るとは思えず、あれはほんの気紛れであったのだと絢は思い込もうとしていた。
もう、あの冷たい眼をした男が来ることはない―と、絢は一人で結論を出した。むろん、父の墓参を済ませたら、すぐに家に戻るつもりだった。絢は父の好きだった草団子を作り、それを竹の皮に包んだ。泉のほとりまで来ると、不思議な懐かしさを憶えた。半月前と変わらず泉は清らかな水を湛え、水辺には白い花が咲き誇っている。あまたの花が次々に咲いてゆくので、山桜が咲き初める頃まで、ここの椿は十分に楽しめる。