花鬼(はなおに)~風の墓標~
第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―
【運命(さだめ)―哀しい別離―】
絢は一心に手足を動かそうとしていた。
だが、身体はまるで何かにからめ取れたように微動だにしない。我に返ってみれば、絢の手脚は本当に糸に縛られていた。そう、蜘蛛の糸にかかった蝶のように、今の絢は糸で全身を縛められている。
いつしか絢は蝶になっていた。蜘蛛が吐き出す繊細な糸は見かけは頼りなげですぐに切れてしまいそうなのに、その実、捕らえられた獲物は二度と逃げられない。蝶は永遠に蜘蛛の吐き出した糸に絡め取られ、やがて蜘蛛に身体ごと屠られる日を待つだけだ。ひとたび囚われた獲物にはただ死を待つしかすべはないのである。
向こうに誰かがいる。眩しい光のせいで、それが誰なのか絢には判らない。徐々に光が弱くなり、やがてそこに佇む人の顔が見えてきた。それが誰であるのかを認めた刹那、絢は悲鳴を上げた。
絢を醒めた眼でじっと見つめるのは美しい鬼だった。長い黒髪を背中から腰まで解き流し、禍々しいほどに紅い唇には白い花を銜えている。
―椿の姫。
世にも類稀な美貌を持つ鬼は彼女をそう呼んだ。違う、私は姫君などではない。森に棲む猟師の娘として育ったのに。
―良いのだよ、そなたにをひとめ見た時、私は椿の花の化身かと思った。見たこともない、美しい娘。何とかして手に入れたかった。やっと私にものになるのだな。
鬼の手が伸びる。絢は悲鳴を上げて身をよじろうとする。だが、哀しいほどに微動だにできない。鬼の手が絢の身体中をまさぐる。首筋から鎖骨、胸のふくらみへと触れる。
絢は一心に手足を動かそうとしていた。
だが、身体はまるで何かにからめ取れたように微動だにしない。我に返ってみれば、絢の手脚は本当に糸に縛られていた。そう、蜘蛛の糸にかかった蝶のように、今の絢は糸で全身を縛められている。
いつしか絢は蝶になっていた。蜘蛛が吐き出す繊細な糸は見かけは頼りなげですぐに切れてしまいそうなのに、その実、捕らえられた獲物は二度と逃げられない。蝶は永遠に蜘蛛の吐き出した糸に絡め取られ、やがて蜘蛛に身体ごと屠られる日を待つだけだ。ひとたび囚われた獲物にはただ死を待つしかすべはないのである。
向こうに誰かがいる。眩しい光のせいで、それが誰なのか絢には判らない。徐々に光が弱くなり、やがてそこに佇む人の顔が見えてきた。それが誰であるのかを認めた刹那、絢は悲鳴を上げた。
絢を醒めた眼でじっと見つめるのは美しい鬼だった。長い黒髪を背中から腰まで解き流し、禍々しいほどに紅い唇には白い花を銜えている。
―椿の姫。
世にも類稀な美貌を持つ鬼は彼女をそう呼んだ。違う、私は姫君などではない。森に棲む猟師の娘として育ったのに。
―良いのだよ、そなたにをひとめ見た時、私は椿の花の化身かと思った。見たこともない、美しい娘。何とかして手に入れたかった。やっと私にものになるのだな。
鬼の手が伸びる。絢は悲鳴を上げて身をよじろうとする。だが、哀しいほどに微動だにできない。鬼の手が絢の身体中をまさぐる。首筋から鎖骨、胸のふくらみへと触れる。