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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―

「逢いたかった」
 絢は涙に潤んだ眼で太吉を見上げた。
 太吉が絢の豊かな黒髪に顔を埋める。
「俺もだ。突然さらわれるようにしてこんなところまで連れてこられて、さぞ怖かっただろう」
 太吉が絢の髪をなだめるように撫でると、絢はこれまで耐えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。
「どうして、私がここにいると判ったの?」
 絢が問うと、太吉は淡く微笑んだ。
「町で顔見知りになった小間物屋が教えてくれたんだ。お前がいなくなった日、武田の殿様がお前によく似た若い娘を連れて館の方に帰ってゆくのを見たと」
 その小間物屋は太吉の仕留めた獲物をよく買ってくれる得意客でもあった。中年のいかにも人の好さげな男は太吉が狂ったように妻を捜しているのを見て、こっそりと教えてくれたのだ。
―武田の殿様は毎晩、外に出て若い女をさらっているというぜ。お前の女房ももしや殿様に連れていかれたんじゃねえのか。
 その日、小間物屋は晴信が愛馬に跨り館に向けて帰ってゆくのを町中で見かけた。その馬には脚を怪我した娘が共に乗っていたという。美しい娘で、小間物屋の話を伝え聞くところによれば、その娘の面差しは絢に瓜二つであった。
「絢、顔をよく見せてくれ」
 良人の声に、絢は涙を拭って面を上げた。
 太吉が指で絢の頬をつたい落ちる涙を拭う。

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