花鬼(はなおに)~風の墓標~
第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―
「また綺麗になったな」
太吉に見つめられ、絢は思わず顔を伏せた。
「私―」
絢はまともに太吉の顔を見ることができなかった。この半月もの間、自分の身体は幾度も晴信に穢された。たとえ自分の意思でここに来たわけではなくとも、結果だけから見れば、良人を裏切ったという事実は変わらない。太吉はけして口には出さないけれど、絢が既に何度も晴信に抱かれたことを知っているだろう。
太吉の澄んだ穏やかな眼(まなこ)は何もかもを見通している。こんな穢れ切った自分が今更太吉とまともに顔を合わせられるはずがない。そのことに今、絢は改めて気付いた。
「帰りたい」
絢の口から嗚咽に混じって囁きが洩れた。
絢はまだこんなにも太吉を愛している。たとえ太吉が自分を必要としていなくても。裏切り者だとはねつけられても。
それでも、絢の心は、どうしようもなくあの家に帰りたがっていた。太吉と二人で暮らした森の奧の小屋に。
「帰ろう、絢」
太吉の力強い声が聞こえた。絢には思いもかけぬ返事であった。弾かれたように面を上げると、太吉が頷いた。
「二人で帰ろう、あの森へ。俺たちの家に」
「でも―」
絢の声が一瞬だけ大きくなった。太吉が人差し指を絢の唇に当てた。
「静かにした方が良い。隣の女は眠らせているが、あまり大きな声を出すと他の連中に気付かれる危険がある」
絢はハッとした。急いで隣へと続く襖を開けると、夜具の上に楓が倒れ伏していた。見たところ、傷などはないようだ。絢は縋るようなまなざしを良人に向けた。
「殺したの?」
太吉に見つめられ、絢は思わず顔を伏せた。
「私―」
絢はまともに太吉の顔を見ることができなかった。この半月もの間、自分の身体は幾度も晴信に穢された。たとえ自分の意思でここに来たわけではなくとも、結果だけから見れば、良人を裏切ったという事実は変わらない。太吉はけして口には出さないけれど、絢が既に何度も晴信に抱かれたことを知っているだろう。
太吉の澄んだ穏やかな眼(まなこ)は何もかもを見通している。こんな穢れ切った自分が今更太吉とまともに顔を合わせられるはずがない。そのことに今、絢は改めて気付いた。
「帰りたい」
絢の口から嗚咽に混じって囁きが洩れた。
絢はまだこんなにも太吉を愛している。たとえ太吉が自分を必要としていなくても。裏切り者だとはねつけられても。
それでも、絢の心は、どうしようもなくあの家に帰りたがっていた。太吉と二人で暮らした森の奧の小屋に。
「帰ろう、絢」
太吉の力強い声が聞こえた。絢には思いもかけぬ返事であった。弾かれたように面を上げると、太吉が頷いた。
「二人で帰ろう、あの森へ。俺たちの家に」
「でも―」
絢の声が一瞬だけ大きくなった。太吉が人差し指を絢の唇に当てた。
「静かにした方が良い。隣の女は眠らせているが、あまり大きな声を出すと他の連中に気付かれる危険がある」
絢はハッとした。急いで隣へと続く襖を開けると、夜具の上に楓が倒れ伏していた。見たところ、傷などはないようだ。絢は縋るようなまなざしを良人に向けた。
「殺したの?」