花鬼(はなおに)~風の墓標~
第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―
太吉はすべてを覚悟でここまでやって来たのだ。絢は改めて良人に感謝せずにいられなかった。太吉は晴信のものとなった絢をまだ必要としているのだ。そのことは意に添わぬ日々に絶望しかけていた絢の心にひとすじの光をもたらした。
もう一度、太吉と二人でやり直すのだ。生まれ変わったつもりで生きてゆこう。勇気と希望が絶望という感情に凍えそうになった身体と心を温めてくれる。
二人は手を繋いだまま、障子戸から縁に出た。
夜陰に白い花がひっそりと浮かび上がっている。庭の片隅に植わっている白椿の花だった。この花を見る度に、絢の心には森の泉のほとりに群れ咲く白椿が蘇る。
町や村に住む人々は森を怖れるが、絢にとって森は自分を育んでくれた懐かしい場所である。ふるさとの森に帰りたいという想いが切ないほどに湧き上がってきた。
絢は傍らの良人の顔を見た。
太吉は決意を秘めた眼で前方を見つめている。絢の視線に気付くと、安堵させるように笑顔を見せた。初めて逢った時、太吉はたった七つの子どもだった。絢よりも背が低く、ひ弱で、絢は太吉を守ってやろうと幼いなりに決めた。それが今は裏腹に太吉に守られる立場になっている。
太吉はいつのまにか絢にとって、何ものにも代えがたいほど大切な存在になっていた。絢は人の世のめぐり逢いの不思議を思わずにはおれなかった。
帰るのだ、この男(ひと)ともう一度あの森に帰ろうと改めて絢が心に誓ったその時、低い声が響いた。
「絢、どこに行くというのだ」
絢の身体が絶望に凍り付いた。太吉の顔色が変わる。絢の手を握りしめた太吉の手に力がこもった。
もう一度、太吉と二人でやり直すのだ。生まれ変わったつもりで生きてゆこう。勇気と希望が絶望という感情に凍えそうになった身体と心を温めてくれる。
二人は手を繋いだまま、障子戸から縁に出た。
夜陰に白い花がひっそりと浮かび上がっている。庭の片隅に植わっている白椿の花だった。この花を見る度に、絢の心には森の泉のほとりに群れ咲く白椿が蘇る。
町や村に住む人々は森を怖れるが、絢にとって森は自分を育んでくれた懐かしい場所である。ふるさとの森に帰りたいという想いが切ないほどに湧き上がってきた。
絢は傍らの良人の顔を見た。
太吉は決意を秘めた眼で前方を見つめている。絢の視線に気付くと、安堵させるように笑顔を見せた。初めて逢った時、太吉はたった七つの子どもだった。絢よりも背が低く、ひ弱で、絢は太吉を守ってやろうと幼いなりに決めた。それが今は裏腹に太吉に守られる立場になっている。
太吉はいつのまにか絢にとって、何ものにも代えがたいほど大切な存在になっていた。絢は人の世のめぐり逢いの不思議を思わずにはおれなかった。
帰るのだ、この男(ひと)ともう一度あの森に帰ろうと改めて絢が心に誓ったその時、低い声が響いた。
「絢、どこに行くというのだ」
絢の身体が絶望に凍り付いた。太吉の顔色が変わる。絢の手を握りしめた太吉の手に力がこもった。