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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―

―大丈夫だ。お前は俺が守る。
 太吉の無言の囁きが聞こえてくるような気がした。
 太吉は絢の手を放そうとはしないで、背後を振り返った。絢の眼には烈しい怯えの色が浮かんでいた。こんなに恐怖に怯える絢を太吉はこれまで一度も見たことはなかった。恐らく、よほど酷い目に遭ったに相違ない。太吉の胸に怒りの焔が灯った。たとえ殿様であろうが、国主であろうが、抵抗もできぬ女をここまで怯えさせるのは許せなかった。何をどうすれば、一人の人間をここまで怯えさせることができるのか。
 絢の晴信を怖れる様は尋常ではない。まるで鬼神を見るがごとき恐怖が浮かんでいる。
そこに太吉は絢がこの館に連れてこられてから受けた扱いを見たような気がした。
「絢、そなたは私の側妾であろう。既に私のものとなったそなたが他の男と手に手を取って、どこに行こうというのかな」
 まるで夜の色に溶け込むように静かに佇む晴信は白い着物を着流しており、常にもまして美しかった。恐らくは一旦は寝所に入り、寝衣姿のままでここにやって来たに相違ない。純白の着物が彼の本来の美貌を余計に際立たせている。臥床を共にする夜、晴信は長い髪を結わずに背中にすべらせているのが常であった。今宵は髪こそ解き流してはおらず結い上げていたものの、月光に照らされたその貌はまさに、この世ならぬ美しさに輝いていた。
「さ、こちらに参れ」
 つと手を差し伸べた晴信に、絢が小さな悲鳴を上げた。
「いや、私は―」

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