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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―

「―!!」
 信じられなかった。眼に映る何もかもが悪い夢であって欲しいと願った。いつものように眼が覚めたら、すべてが夢の中の出来事であってくれと思わずにはいられなかった。
 だが。
 現実は無情であった。地面にひろがる血の海に倒れているのは他ならぬ太吉であった。晴信は太吉に背後から斬りつけたらしい。太吉は背中を肩から腰へと真っすぐに斬られていた。
 鮮血を溢れさせている太吉が既に事切れているのかどうかは判らない。絢は獣のような呻き声を上げながら太吉ににじり寄った。
「あ、あ」
 絢は到底人の声とは思えぬ奇妙な声を上げて泣いていた。本人は泣いているつもりであったが、あまりにも大きな衝撃と哀しみのあまり、惑乱してしまっていた。
「お前さま、しっかりして」
 絢は太吉の手を取り、自分の頬に押し当てた。
「絢、済まない」
 荒い息を吐きながら太吉が呟いた。
 弱々しい声、次第に光が失われてゆく眼。
 最早、太吉の生命が消えゆこうとしていることは明らかだ。絢は太吉の手を握りしめ、懸命にさすった。寒い冬の夜、太吉が床の中で冷えた絢の手脚を大きな手のひらに包み込んで温めてくれたように、懸命にこすった。
「お前さま、気を確かに持って」
 耳許で元気づけるように言うと、太吉がかすかに首を振った。
「俺はもう駄目だ。絢、済まねえ。おとっつぁんと約束したのに、俺はお前を結局守ってやることができなかった」
「何で、太吉っつぁんが謝るのよ。太吉っつぁんは何も悪くない。悪いのは―」

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