花鬼(はなおに)~風の墓標~
第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―
絢は溢れる涙を拭おうともせずに、憎い男を見た。これまでこんなに他人を憎んだことはなかった。
―許さない。私はこの男を絶対に許さない。
絢は烈しい憎悪を宿した眼で晴信を見据えた。
「絢、絢」
太吉が最後の力を振り絞って最愛の妻を呼んでいる。呼び声に絢は我に返り、太吉の手を握る手に力を込めた。
「お前さま、行かないで。お前さま、私を一人にしないで」
最後は涙混じりの声になった。太吉の手からふっと力が抜けた。絢は震える手で太吉の頬に触った。次いで口許に手をかざす。既に太吉の息は絶えていた。
「お前さまーっ」
絢は絶叫した。
「帰るって言ったじゃない。二人でまた昔のように暮らそうって言ったじゃない」
絢は物言わぬ骸となり果てた太吉に取りすがって号泣した。
「二人で帰りましょう」
私たちの家へ。
あの森の奥深い小さな二人だけの家へ。
絢は獣の咆哮にも似た泣き声を上げ続けた。
「いつまでそうしているつもりだ」
ふと酷薄な声が響いた。絢は涙に濡れた眼で晴信を見つめた。
眼前のこの男が太吉を殺したのだ。まるで虫けらを脚で踏みつぶすように刀を振り下ろした。
何故、太吉がこんな卑劣な男に殺されなければならなかったのだろう。太吉は優しい男だった。貧しい中でも懸命に日々を生きていた。こんな場所で無残な死に方をしてはならなかったのだ。
―許さない。私はこの男を絶対に許さない。
絢は烈しい憎悪を宿した眼で晴信を見据えた。
「絢、絢」
太吉が最後の力を振り絞って最愛の妻を呼んでいる。呼び声に絢は我に返り、太吉の手を握る手に力を込めた。
「お前さま、行かないで。お前さま、私を一人にしないで」
最後は涙混じりの声になった。太吉の手からふっと力が抜けた。絢は震える手で太吉の頬に触った。次いで口許に手をかざす。既に太吉の息は絶えていた。
「お前さまーっ」
絢は絶叫した。
「帰るって言ったじゃない。二人でまた昔のように暮らそうって言ったじゃない」
絢は物言わぬ骸となり果てた太吉に取りすがって号泣した。
「二人で帰りましょう」
私たちの家へ。
あの森の奥深い小さな二人だけの家へ。
絢は獣の咆哮にも似た泣き声を上げ続けた。
「いつまでそうしているつもりだ」
ふと酷薄な声が響いた。絢は涙に濡れた眼で晴信を見つめた。
眼前のこの男が太吉を殺したのだ。まるで虫けらを脚で踏みつぶすように刀を振り下ろした。
何故、太吉がこんな卑劣な男に殺されなければならなかったのだろう。太吉は優しい男だった。貧しい中でも懸命に日々を生きていた。こんな場所で無残な死に方をしてはならなかったのだ。