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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第4章 運命(さだめ)―哀しい別離―

 晴信という男には常に忌まわしい風評がついて回っている。晴信は己が手をあまたの人々の血と涙で染め汚しながら、今日までの勝利を得てきたのだ。戦場では人を殺めることはやむなし、それが乱世の習いとはいえ、晴信が数え切れぬほどの罪を犯してきたことに変わりはない。その罪の重さは死して煉獄に堕ちるに値するものだろう。
 もし晴信の中にひろがる闇の原因を考えるとするならば、彼自身がこれまで重ねてきた数々の行いへの後ろめたさ、良心の呵責なのか。己れがこれまでに犯してきた罪のあまりの重さに押し潰されそうになり、この男は正気を手放し現ならざる世界に脚を踏み入れて鬼になってしまったのか。
 絢は先刻の虚ろな瞳を思い出して、戦慄した。何という凄まじいまでの孤独だろう。それが晴信自身が招いたものであるとしても、彼の心の闇はあまりにも大きく根深い。ぽっかりと開いた虚ろな闇の中に晴信は鬼を棲まわせている。
 太吉の返り血を浴びた白い花が紅に染まっていた。血の色に染まった花は月明かりの中で凄艶な美しさを見せている。それは、あたかも太吉の血に染まった白い寝衣姿の晴信にも似ていた。
 絢は心底悔しかった。もし自分に力があれば、悪鬼のごとき冷酷な男なぞひと息で息の根を止めてしまえるのにと思った。力が欲しいと、絢は心から願った。

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