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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】

【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】

 鬼が近づいてくる。
 それは美しい、世にも類稀な美貌を持つ男だ。まるで月の光に照らされて妖しく夜陰に浮かび上がる白い花のように。
 ほら、美しい鬼がそこにいる。こうして手を差し伸べれば届きそうなほど近くにいる。互いの息遣いさえ聞こえるほど近くに。
 鬼の唇が絢の唇に束の間触れ、離れた。鬼はその逞しい腕で絢を抱き寄せる。絢は鬼に抱き寄せられるままに顔をその胸に伏せる。
 恥じらいながらも男に靡くように媚びるように、やわらかな身体を鬼に寄り添わせようとする。白い花は鬼に花芯を貫かれ、歓びの声を上げた―。

 絢はボウとして男の寝顔を見つめていた。
 太吉が無残な死を遂げてから数日が経過していた。その夜、絢の寝所を晴信が訪れた。
 つい今し方まで絢は晴信と嵐のようなひとときを過ごしていた。晴信は荒ぶる風のように絢の上を通り過ぎ、絢は風に翻弄された花びらが散るように、何度も白い身体をしならせた。
 まるで母に幼子が見せるようなあどけなさすら漂わせる表情で男は寝入っている。
 今夜まもまた、晴信は絢を抱いた。絢は太吉が殺された後も、憎い良人の仇にこうして日毎、夜毎、身を任せている。それは、地獄の劫火に灼かれるよりも辛い汚辱の想いに耐えることであった。
 だが、そんな想いも今夜で終わりにできる。絢はうっすらと笑みさえ浮かべて、晴信の寝顔を見つめた。寝乱れた床の下にそっと手を差し入れると、スと音もなく現れたのはひとふりの懐剣であった。もう十四年も前に死んだ母から譲り受けた形見である。

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