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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】

「そなたの見え透いた思案なぞ、とうに承知しておったわ。あれほど嫌うた男の前で自分から脚を開く―そこまでして、そなたは私を殺したいと思うたのだな」
 絢はあまりの口惜しさに唇を噛みしめた。
 晴信はすべてを見抜いていながら、わざと知らぬ顔をしていたのだ。それを自分はまんまと男を騙しおおせたと思い込み、夜毎、男の上であられもない姿を見せていた。晴信はそんな女を一体どんな想いで眺めていたのだろうか。さぞ浅薄な馬鹿な女よと蔑んでいたに相違ない。絢は醒めた眼で自分を眺め下ろす晴信の前から消えてしまいたいと思った。
―愚かな女よ。
 先刻の晴信の蔑みの言葉が蘇り、絢の眼に悔し涙が滲んだ。自分はたった今まで晴信を女に欺かれる愚かな男だと嗤っていたけれど、その実、最も愚かだったのは他ならぬ自分だったのではないか!
 所詮、武田晴信という男は絢の勝てる相手ではなかったということだ。騙したつもりで、実は自分の方がまんまと騙されていたとは、晴信の手のひらの上で躍らされていたとは思いもかけぬことであった。
「さりながら、私としては損な役回りではなかった。このところのそなたは実に可愛らしかったからな。あのようにそなたが閨の中で素直にふるまうのなら、このままずっと騙されているのも悪うはないと思うたぞ」
 晴信が口の端を引き上げた。
「―!」
 絢は思わず耳を塞ぎたい衝動に駆られた。あまりに酷い台詞であった。すべてを見抜いていたと言いながら、絢と過ごしたそれらの夜がかえって良かったとぬけぬけと言う男を絢は心底から憎悪した。

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