花鬼(はなおに)~風の墓標~
第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】
この一瞬が終われば、すべてが終わる。長い苦しみから解放され、漸く楽になれる。絢は静かな気持ちで来るべき瞬間(とき)を待った。
不思議なことに、今はあの森の泉のように静まり返った穏やかな気持ちであった。
だが、刃が振り下ろされることはなく、晴信のいかにももののふらしい屈強な手が絢の細首にかかることもなかった。近づいた晴信の手が躊躇いがちに絢の髪に触れ、次の瞬間、絢の身体はすっぽりと晴信の腕に包み込まれていた。
「止めて―」
晴信はどこまで自分を辱めようというのだろう。絢は絶望的な気持ちで晴信から逃れようと抗った。
「しばらくで良い。このままでいさせてくれ」
それは狩りの獲物のように絢を矢で射止め、無理に我がものとした男の台詞とは到底思えない言葉であった。
しばらく絢を抱きしめていた晴信の口から呟きが落ちた。
「私が館の者から鬼と呼ばれているのは、とうに存じておった」
絢はハッとして、晴信を見上げた。
「いや、この館内の者だけではない。最近は城下にもそのような噂がまことしやかに流れておるそうじゃな」
「―」
流石にその問いに応えることはできなかった。だが、晴信は何も応えを期待している様子もなく、ただ淡々と続ける。
「確かに私の中には鬼が棲んでおるのやもしれぬ」
絢は驚愕のあまり眼を見開いた。よもや当の晴信自身の口からこのような台詞を聞くとは思いもしなかったからだ。
不思議なことに、今はあの森の泉のように静まり返った穏やかな気持ちであった。
だが、刃が振り下ろされることはなく、晴信のいかにももののふらしい屈強な手が絢の細首にかかることもなかった。近づいた晴信の手が躊躇いがちに絢の髪に触れ、次の瞬間、絢の身体はすっぽりと晴信の腕に包み込まれていた。
「止めて―」
晴信はどこまで自分を辱めようというのだろう。絢は絶望的な気持ちで晴信から逃れようと抗った。
「しばらくで良い。このままでいさせてくれ」
それは狩りの獲物のように絢を矢で射止め、無理に我がものとした男の台詞とは到底思えない言葉であった。
しばらく絢を抱きしめていた晴信の口から呟きが落ちた。
「私が館の者から鬼と呼ばれているのは、とうに存じておった」
絢はハッとして、晴信を見上げた。
「いや、この館内の者だけではない。最近は城下にもそのような噂がまことしやかに流れておるそうじゃな」
「―」
流石にその問いに応えることはできなかった。だが、晴信は何も応えを期待している様子もなく、ただ淡々と続ける。
「確かに私の中には鬼が棲んでおるのやもしれぬ」
絢は驚愕のあまり眼を見開いた。よもや当の晴信自身の口からこのような台詞を聞くとは思いもしなかったからだ。