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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】

―甲斐の武田晴信は怜悧で緻密な計算のできる男だが、およそ人間らしい情というものを持ってはおらぬ。鬼のような男よ。
それが父追放という形で武田氏当主の座に就いた晴信という人物の大方の見方であった。
「だが、あの時、私は他にどうすれば良かったというのか。父を追放しなければ、逆に私が殺されていた。殺される前に、私は父をどうにかしなければならなかった」
 結果として、晴信は自分を暗殺しようとしていた父を傷つけることすらなく、国外へ追いやることで問題を解決した。冷静に考えれば、晴信の取った処置は冷酷どころか、情理に沿ったものであることは判る。その時、晴信は父を亡き者にすることもできたはずで、むしろ父をひそかに葬った方が彼には好都合であった。駿河に追いやっただけでは、いつまた晴信に牙を剥くか判らぬという危険性があったのである。
 しかし、晴信は敢えて父を殺さず、国外退去させるだけにとどめた。当時、重臣たちの中で晴信贔屓の者たちは信虎を殺して後々の禍根を絶つべきだと主張し、晴信のやり方を手ぬるいと酷評した。が、晴信は最後まで頑としてそれを受け容れず、信虎の動きを封じることで終わらせた。

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