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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】

「当時、私に味方した者たちは口を揃えて申したものだ。〝若殿のやり方では到底、この戦国の世は生きてはゆけぬ、親が子を殺し、子が親を殺すこの乱世には鬼にならねばならぬ―〟とな。だがな、絢。私は鬼にはなりとうはなかった。鬼となりこの現身を浅ましきものに落としてまで己れが生きたいとは思わなかった。そんな理想論を語る私は、やはり甘かったのやもしれぬが、私はそれでも構わぬと思うていた。たとえ、戦でどれほどの勝利を収めようと、人として生きてゆく上では譲れぬものがある。してはならぬことがある。自らの誇りを手放すほどならば、そのような生命惜しくはないと思うていた」
 晴信は語り終えると、絢から手を放した。
「さりながら、その私が他人から【鬼】と呼ばれるようになるとは皮肉なことだ。父を追放した私は鬼よ冷酷な奴よと怖れられるようになった。その中には怖れるだけではない、蔑む気持ちもあったろう。私はいつしか、自棄になっていた。私がいかほど真っすぐに生きようとしても、人は真の私を見ようとはせぬ。ならば、いっそのこと皆の期待どおりになってやれば良いと思うたのじゃ。私を鬼と呼ぶのならば、真の鬼になれば良いと思うた。それからの私は自ら人であることを止めた。戦では屍の山を築き、あまたの人間を殺した。私はいつしか人を殺すことに何も感じなくなっていたのだ」
 晴信はそう言うと、自分の両手をしげしげと見つめた。
「この手は我が殺した者どもの血にまみれている」

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