花鬼(はなおに)~風の墓標~
第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】
「お屋敷中ではあなた様が夜な夜な城下に出て、若い娘をさらうていると専らの噂でございます」
絢が控えめに言うと、晴信は弱々しい笑みを浮かべた。流石にその娘たちを鬼となった晴信が喰らうてしまうのだと囁かれている―、そこまでは言えなかった。
「それは根も葉もないことじゃ。確かに募る鬱憤を晴らしに城下やその先まで遠駆けに出ることはある。だが、誓ってそのようなことはしておらぬぞ」
言った後で、ふっと淋しげに笑う。
「そなたにそれを信じよというのは土台無理な話かもしれぬの。確かに、私はそなたをさらうてきたのだからな」
晴信の視線と絢の視線が一瞬、宙で交わる。
「何を申そうと今更言い訳にしかならぬやもしれぬが、人からすべての分別を失わせるのが恋と呼べるものではないか。絢、私はそなたにめぐり逢うたことを悔いてはおらぬ。私はこれまで二十数年間生きてきて、初めての恋をしたのじゃ。されど、そなたが私を良人の仇として憎むのは当然のことだ。現に私はそなたの良人を殺したのだから」
晴信の声はどこまでも穏やかであった。
絢が控えめに言うと、晴信は弱々しい笑みを浮かべた。流石にその娘たちを鬼となった晴信が喰らうてしまうのだと囁かれている―、そこまでは言えなかった。
「それは根も葉もないことじゃ。確かに募る鬱憤を晴らしに城下やその先まで遠駆けに出ることはある。だが、誓ってそのようなことはしておらぬぞ」
言った後で、ふっと淋しげに笑う。
「そなたにそれを信じよというのは土台無理な話かもしれぬの。確かに、私はそなたをさらうてきたのだからな」
晴信の視線と絢の視線が一瞬、宙で交わる。
「何を申そうと今更言い訳にしかならぬやもしれぬが、人からすべての分別を失わせるのが恋と呼べるものではないか。絢、私はそなたにめぐり逢うたことを悔いてはおらぬ。私はこれまで二十数年間生きてきて、初めての恋をしたのじゃ。されど、そなたが私を良人の仇として憎むのは当然のことだ。現に私はそなたの良人を殺したのだから」
晴信の声はどこまでも穏やかであった。