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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第5章 【花闇(はなやみ)―対決の瞬間(とき)―】

 が、次の瞬間、絢の手は烈しく震え始めた。
―できない、私にはできないっ。
 絢の手から懐剣が離れた。乾いた音を立て、懐剣は再び畳に転がった。
 確かに晴信は今でも絢にとって憎むべき存在であることに変わりはない。それでも。
 子守唄を聴いて涙を流し、自分を殺せという人間を殺すことは絢にはできなかった。
 今、眼前にいるのは鬼でも魔物でもない、ただ孤独な魂を持つ一人の男にすぎない。
「私には今のあなたは殺せない」
 絢は呟いた。
 晴信ががっくりとうなだれる。
 そんな晴信を眺めている中に、絢はごく自然に子守唄を口ずさんでいた。眼を閉じてその歌に耳を傾ける晴信の眼からはとめどなく涙が溢れていた。

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