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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第6章 【終章―風の墓標―】

【終章―風の墓標―】

 それから絢さまがどのようなご生涯を辿られたのか、正式には判りませぬ。何故なら、記録を紐解く限り、武田晴信公の妻妾の中に絢さまのお名前は一切見当たらぬからにございます。
 ただ、この話は私の祖母が更にその母親から伝え聞いたものにて、ちなみに私の曾祖母は楓と申し、かつては甲斐の国の領主武田信玄公【晴信公】のお屋敷に侍女としてご奉公に上がったことがあるそうにござります。
 いえいえ、私の家は代々、小さな小間物屋を営んでおりまして、けしてそのようなたいそうなお武家ではございませぬ。かく申し上げる私は生まれも育ちも町家にございますよ。楓という曾祖母は母方の血筋に当たります。
 その曾祖母の話によれば、絢さまは、ほどなくお屋敷を出られたそうにございます。そして、剃髪して尼君となられ、亡き良人太吉の菩提を弔うて過ごされたとか。
 絢さまがお亡くなりあそばされたのは、それから何十年も後の徳川さまの御代であったと申します。たったお一人、あの森の奥深く、かつて太吉と穏やかに過ごした小屋の跡に建てた小さな庵でひっそりとみまかられましてございます。
 絢さまの人生を一瞬にして狂わせたあの信玄公もついに天下をお取りになることはできず無念のご病死、それから信長さま、太閤秀吉さまと様々なお方が天下さまとなられました。うつろいゆく人の世の無常を、絢さまは小さな庵からどのような想いでご覧になっていたのでしょうか。そのお心を知るすべはもうありませぬ。

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