花鬼(はなおに)~風の墓標~
第7章 第二部・風花(かざばな)・紅葉
熊は訝しげに父を見た。
―お父上さま。私がなにゆえ、人質とならねばなりませぬ。
国親は娘のたったそれだけの問いですべてを悟ったようであった。熊の疑問はまた、もっともなことでもあったのだ。というのも、玄武と甲斐はもう長らく敵対関係にあり、一触即発の危機に瀕していた。いつ戦(いくさ)が起きても、おかしくはない切迫した状況にあった。
それでも、両国の間には小さな小競り合いは何度かあったものの、大きな戦いを見ることはなく日は過ぎていた。どちらもが相手の様子を注意深く見守っており、言うならば互いに牽制し合っているといった感じだった。だが、ここに至って、甲斐の方に動きがあった。
甲斐の武田家から人質を寄越すようにとの要請があったのだ。藤堂高影はこれにはおおいに悩まされた。高影には正室との間に子がおらず、愛妻家の高影は当時としては珍しく側室を持たなかった。そのため、人質として送るといってもそれに該当する子女がいなかったのである。
六つ違いの盲目の弟が一人いたものの、それは幼少のときに出家している。既に他家に嫁した高影の姉妹の子、つまり高影にとっては甥か姪を送ることも考えられたが、結局、高影が取った策は相応の家の娘を高影の養女とした上で人質として甲斐に送るというものであった。
むろん、藤堂家重臣の中には、この要請を断固拒絶すべしという強硬な意見もあった。表面上は和平を結んでいる甲斐と玄武であれば、今回の一方的な申し様は礼にもとるものである。そのような屈辱的な要求は受け容れるには及ばずと主張する者も少なくはなかった。
―お父上さま。私がなにゆえ、人質とならねばなりませぬ。
国親は娘のたったそれだけの問いですべてを悟ったようであった。熊の疑問はまた、もっともなことでもあったのだ。というのも、玄武と甲斐はもう長らく敵対関係にあり、一触即発の危機に瀕していた。いつ戦(いくさ)が起きても、おかしくはない切迫した状況にあった。
それでも、両国の間には小さな小競り合いは何度かあったものの、大きな戦いを見ることはなく日は過ぎていた。どちらもが相手の様子を注意深く見守っており、言うならば互いに牽制し合っているといった感じだった。だが、ここに至って、甲斐の方に動きがあった。
甲斐の武田家から人質を寄越すようにとの要請があったのだ。藤堂高影はこれにはおおいに悩まされた。高影には正室との間に子がおらず、愛妻家の高影は当時としては珍しく側室を持たなかった。そのため、人質として送るといってもそれに該当する子女がいなかったのである。
六つ違いの盲目の弟が一人いたものの、それは幼少のときに出家している。既に他家に嫁した高影の姉妹の子、つまり高影にとっては甥か姪を送ることも考えられたが、結局、高影が取った策は相応の家の娘を高影の養女とした上で人質として甲斐に送るというものであった。
むろん、藤堂家重臣の中には、この要請を断固拒絶すべしという強硬な意見もあった。表面上は和平を結んでいる甲斐と玄武であれば、今回の一方的な申し様は礼にもとるものである。そのような屈辱的な要求は受け容れるには及ばずと主張する者も少なくはなかった。