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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第7章 第二部・風花(かざばな)・紅葉

 確かに、盟約を結んだ間柄であれば、平等であることは間違いはない。しかし、それはあくまでも建前だけの話であり、現実として甲斐と玄武では国力の差は明白であった。豊な甲斐と異なり、玄武は狭い領国の殆どが山地であり、米や野菜などの収穫高も知れていた。今、甲斐からの申し出を拒めば、二国の間に戦が勃発するのは明らかであり、高影としてはいかに屈辱を強いられるものではあっても、要求どおり人質を送るしかなかった。
 もとより、甲斐はそのつもりで無体な要求を突然に突きつけてきたのだ。武田側の意図は判りきっており、もし高影がこの要求を断れば、即座に兵を起こすに相違なかった。
 高影は憂慮の末、重臣の一人高橋国親に諮った。国親の長女熊はたいそう利発な娘と聞いている。その上、なかなかの美少女であるとも評判であった。聡明で美しい姫ならば、今回の役にはまさに打ってつけである。人質として玄武と甲斐の二つの国を結びつける任務を果たしてくれるに相違なかった。高影は国親に熊を甲斐に寄越す気はないかと問うた。国親はまだ十三の娘を敵地へとやるには忍びなかったけれど、主命には逆らえない。
 国親は主人からの命を謹んで受けた。高影はあくまでも打診という形を取ったが、現実には命令であることに変わりはない。高影に熊を人質として甲斐に送ると返事をした翌日、国親は娘を自らの居間に呼んだ。

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