花鬼(はなおに)~風の墓標~
第7章 第二部・風花(かざばな)・紅葉
二度と生きて玄武に戻ることは叶わぬかもしれないのだ。熊にとっても家族との永の別れになるやもしれない。熊は輿に乗ってから、泣きたいだけ泣いた。幾らお家のため、殿のためとはいえ、まだ十三の熊にとって両親や慣れ親しんだ故国と離れて敵地へとゆくのは辛いことだった。
悲壮な覚悟で乗り込んだ甲斐の国ではあったが、熊の予想に反して、その扱いは丁重そのものであった。もとより領主藤堂高影の娘として赴いたのであれば、当然ながら、甲斐では藤堂家の姫君としての待遇を受けることになる。熊は甲斐の領主武田信虎の重臣仁科
靖政にその身柄を託された。信虎は藤堂高影が己れの血縁ではなく家臣の娘を送り込んできたことに気分を害したらしく、熊とも対面しようとはせず、そのまま仁科靖政の屋敷に預けられた。
仁科家には熊と同年齢の子どもたちがたくさんいた。その中で熊は人質というよりは靖政の実子と分け隔てなく育てられた。そのお陰で、熊が郷里の父母を思い出すことはあっても、甲斐での日々が別段辛いということはなかった。それでも、時々、耐え難いほどの孤独が熊の奥底から湧き上がってくることがある。そんな時、熊は一人でこの自分に与えられた部屋の縁に座り、庭を眺めた。四季折々に様々な花が乱れ咲く庭は、秋には紅葉が見事に染め上がる。こうして紅一面に染まった光景の中に身を置いているだけで、熊は心が慰められた。
悲壮な覚悟で乗り込んだ甲斐の国ではあったが、熊の予想に反して、その扱いは丁重そのものであった。もとより領主藤堂高影の娘として赴いたのであれば、当然ながら、甲斐では藤堂家の姫君としての待遇を受けることになる。熊は甲斐の領主武田信虎の重臣仁科
靖政にその身柄を託された。信虎は藤堂高影が己れの血縁ではなく家臣の娘を送り込んできたことに気分を害したらしく、熊とも対面しようとはせず、そのまま仁科靖政の屋敷に預けられた。
仁科家には熊と同年齢の子どもたちがたくさんいた。その中で熊は人質というよりは靖政の実子と分け隔てなく育てられた。そのお陰で、熊が郷里の父母を思い出すことはあっても、甲斐での日々が別段辛いということはなかった。それでも、時々、耐え難いほどの孤独が熊の奥底から湧き上がってくることがある。そんな時、熊は一人でこの自分に与えられた部屋の縁に座り、庭を眺めた。四季折々に様々な花が乱れ咲く庭は、秋には紅葉が見事に染め上がる。こうして紅一面に染まった光景の中に身を置いているだけで、熊は心が慰められた。