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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第7章 第二部・風花(かざばな)・紅葉

そのときである。ふいに視界が翳り、鈍い光を放っていた刃が俄に輝きを失った。百舌鳥(もず)が甲高い鳴き声を放ち、羽音と共に頭上の紅い葉をつけた紅葉の梢がざわざわと音を立てて揺れた。熊は頭上を眼を細めて振り仰いだ。つい今し方まで秋の穏やかな陽が輝いていた空は、いつのまにか鈍色の重たげな雲に一面覆い尽くされていた。
 熊はハッとして、物想いから解き放たれた。
 低く垂れ込めた空から白いものがふわりふわりと舞っている。
―雪?
 熊は一瞬、舞い降りる白いものが雪かと思ったが、よくよく見ると、それは急に降り出した雨の粒が風に流されて雪が舞っているように見えるのであった。風に舞う雪を花びらにたとえて「風花(かざはな)」と呼ぶことはよく知られているが、実は雪だけではなく、雨滴が風に舞う様も「風花」と呼ばれる。
 熊は風に舞う雪を見たことはあるが、風に流されて雪のように見える雨を見るのは初めてであった。風に運ばれてきた雨の雫が舞い散る様はあたかも冬空を舞う雪のように見える。いつしか熊の意識は再び過去へと遡り、故郷の玄武へと還っていた。山地が多いせいか、玄武の冬は厳しく雪も多い。熊はふるさとでは、よくこんな風に風花を見た。はらはらと舞い、降りかかるともなく消える雪の花びらの何と儚いことか。
 冷たい雨が紅く染め上がった紅葉を濡らしている。冷たい雨に打たれ、紅い紅葉はよりいっそうその身を鮮やかな深い色に染める。

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