花鬼(はなおに)~風の墓標~
第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】
【浮寝鳥(うきねどり)】
その日は朝から穏やかな秋空がひろがっていた。既に霜月も下旬を迎えようとしていたが、昼間は春近くを思わせるような陽気になる。昼下がりのこと、熊は靖政を探して廊下を歩いていた。急ぎの用というわけではなかったけれど、昨夜、玄武の父国親より書状が届いているというので、取りにゆく途中であった。
玄武から熊宛ての手紙はすべて靖政に届けられる。まず靖政がひととおり眼を通した後、熊に渡されるのが常であった。それは万が一にも玄武側からの何らかの思惑―殊に政治絡みのものが熊に伝わっては困るからである。
また、熊から玄武の両親や家族に宛てた文も靖政の検分を経てあちら側に届けられた。それもまた同じことで、熊から玄武側に甲斐の国や武田家の内情が筒抜けになるのを防ぐためであった。随分と用心したものだが、これほどに警戒しなければ、いつ何時裏をかかれるか判らないというのが戦国乱世の常識なのだ。
煩雑な手順を踏まなければならないとはいえ、やはり遠く離れている父母からの手紙は待ち遠しい。熊は一刻も早く読みたくて、靖政を自分から探していたのである。確か靖政は今日は屋敷にいると聞いていた。
その日は朝から穏やかな秋空がひろがっていた。既に霜月も下旬を迎えようとしていたが、昼間は春近くを思わせるような陽気になる。昼下がりのこと、熊は靖政を探して廊下を歩いていた。急ぎの用というわけではなかったけれど、昨夜、玄武の父国親より書状が届いているというので、取りにゆく途中であった。
玄武から熊宛ての手紙はすべて靖政に届けられる。まず靖政がひととおり眼を通した後、熊に渡されるのが常であった。それは万が一にも玄武側からの何らかの思惑―殊に政治絡みのものが熊に伝わっては困るからである。
また、熊から玄武の両親や家族に宛てた文も靖政の検分を経てあちら側に届けられた。それもまた同じことで、熊から玄武側に甲斐の国や武田家の内情が筒抜けになるのを防ぐためであった。随分と用心したものだが、これほどに警戒しなければ、いつ何時裏をかかれるか判らないというのが戦国乱世の常識なのだ。
煩雑な手順を踏まなければならないとはいえ、やはり遠く離れている父母からの手紙は待ち遠しい。熊は一刻も早く読みたくて、靖政を自分から探していたのである。確か靖政は今日は屋敷にいると聞いていた。