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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

 熊の立つ場所から中庭を挟んで靖政の居室が見える。その部屋の前の濡れ縁に座って練習風景を眺める若い男がいた。その傍らに靖政が畏まっている。
 と、若い男がおもむろに立ち上がった。
 腕組みをした姿勢で草履を突っかけたまま庭に降りる。刹那、男が突如として近くにいた若者を脚で蹴り上げた。不運にもそれは右脚が不自由な男であった。
 熊は蹴られた若者を注意深く見つめた。若者に蹴りを入れた男も上背があるが、それよりは更に頭一つ分身の丈が高く全体的にがっしりとした印象を受ける。色黒で眼ばかりが大きい顔はお世辞にも美男とは言い難い。弾みで蹴られた男が後方へ飛ばされ尻餅をついた。
「何だ、そのへっぴり腰は。そんな無様な構えで敵方に勝てると思うてか」
 男は尊大な物言いで叫ぶと、続けて倒れている若者を蹴った。
「お主、それでも、武田家に仕える侍か。そんなことでは、相手の首を取るどころか戦場では何の役にも立たぬぞ」
 男は悪態をつきながら、何の抵抗もしようとはせぬ若者を何度も足蹴にする。熊はあまりの酷い仕打ちに思わず眼を背けた。

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