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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

「お屋形さまのご高名ははるか玄武まであまねく届き渡っておりまする。大変情け深く家臣領民を労る慈悲深きお方と承っておりました。今日、ここにご尊顔を拝し奉り、この上ない歓びにございます」
 熊は平伏したまま言上した。対する信虎は熊の言葉にも眉一つ動かさない。
 ふいに信虎が熊に近寄った。その手が伸び、熊は顎に手を掛けてグイと仰のけられた。
「ホウ、これは美しいな」
 信虎は上背もあり、どちらかといえば端整ともいえる面立ちをしている。だが、その眼は底光りをするような冷たさを宿し、まるで蛇(くちなわ)を思わせた。
 いま、そのゾッとするような眼が射抜くように熊を見下ろしていた。熊の身体に戦慄が走る。熊を見る信虎の視線にはいかにも好き者らしい不躾さがあった。信虎の好色な視線が熊の上を這い回る。あたかも裸にされて身体の隅々をまさぐられているような気がして、熊は嫌悪感に肌が粟立った。

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