花鬼(はなおに)~風の墓標~
第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】
だが、言わねばならない。熊はひと息に言った。
「されば、この場でお屋形さまが罪なき小者風情を蹴り殺したという噂がひろまるのは、お屋形さまにとられましてもけして良きことではごさりませぬ」
信虎の顔に驚愕の表情がひろがり、次いで露骨に不愉快そうな顔になった。
「そちは女の分際でこの俺を脅そうというのか」
「いいえ、けしてそのような大それたことは考えてはおりませぬ。ただ、お屋形さまのご評判に余計な傷がつくのをご案じ申し上げるゆえにございます」
信虎の射るような視線が熊を見据えている。熊は恐怖に身が震えたが、懸命に耐えた。けして信虎から顔を背けず、冷たい視線を受け止める。
次の瞬間、信虎が弾けるように笑い出した。
「はても面妖な女子よ。この信虎を相手に堂々と駆け引きを致すとはの。靖政、そちはどうやら大変な客人を預かったようだな」
打って変わって愉快そうに言うと、信虎はしばらく声を上げて笑っていた。が、やがて
真顔になった。
「あい判った。俺に物怖じせず物申すとは勇気のある女子じゃ。女に庇われ守られているその情けなき者よりはよほど気骨がある」
信虎は倒れ伏している若者を顎でしゃくった。まるで吐き捨てるような物言いである。
「されば、この場でお屋形さまが罪なき小者風情を蹴り殺したという噂がひろまるのは、お屋形さまにとられましてもけして良きことではごさりませぬ」
信虎の顔に驚愕の表情がひろがり、次いで露骨に不愉快そうな顔になった。
「そちは女の分際でこの俺を脅そうというのか」
「いいえ、けしてそのような大それたことは考えてはおりませぬ。ただ、お屋形さまのご評判に余計な傷がつくのをご案じ申し上げるゆえにございます」
信虎の射るような視線が熊を見据えている。熊は恐怖に身が震えたが、懸命に耐えた。けして信虎から顔を背けず、冷たい視線を受け止める。
次の瞬間、信虎が弾けるように笑い出した。
「はても面妖な女子よ。この信虎を相手に堂々と駆け引きを致すとはの。靖政、そちはどうやら大変な客人を預かったようだな」
打って変わって愉快そうに言うと、信虎はしばらく声を上げて笑っていた。が、やがて
真顔になった。
「あい判った。俺に物怖じせず物申すとは勇気のある女子じゃ。女に庇われ守られているその情けなき者よりはよほど気骨がある」
信虎は倒れ伏している若者を顎でしゃくった。まるで吐き捨てるような物言いである。