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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

その数日後。
 熊は居間で庭を眺めていた。庭の片隅にある小さな池が紅く染め上がった葉を浮かべている。池には二羽の水鳥が寄り添うように長睦まじげに泳いでいた。この池には時々、こうして鳥が遊びにくる。鳥たちを見るのもまた熊の愉しみの一つであった。
 二羽の水鳥はつがいなのだろうか。互いを労り合うように寄り添い合うその姿を見ている中に、熊の中で熱いものが込み上げた。
 鳥でさえこうして家族や恋人と一緒にいるのに、自分には何もない、誰もいない。そう思うと、改めて淋しさをひしひしと感じた。たとえ靖政やその家族がいかほど熊を丁重に遇してくれたとて、熊は所詮他国の人間であった。敵国の人である靖政に心の内を明かすわけにはゆかない。
 その時、庭の落ち葉を踏みしめる音が聞こえて、熊はハッと身構えた。庭の向こうから現れたのは、見憶えのある顔であった。浅黒い顔にギョロリとした眼、お世辞にも美男とはいえないその顔は堀田伝次郎であった。
「確かあなたは堀田さまでしたね」
 熊は慌てて眼尻に滲んだ涙を拭った。
「先日は真に面目もないところをお見せいたしました」
 伝次郎は右脚をひきずるようにして歩いてきた。熊は靖政が言っていた言葉を改めて思い出した。堀田伝次郎は先の戦いで敵方の兵の首級を幾つも上げたが、右脚を負傷して、そのため思うような動きができなくなった、と。

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