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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

 伝次郎の広い腕の中は彼の素朴で飾り気のない人柄のように、限りなく温かく居心地が良かった。熊は彼の胸に頬を預けて、いつまでも泣き、伝次郎は熊が泣きやむまで辛抱強く待ち続けた。
 熊が恥ずかしげに伝次郎の胸から顔を上げた時、既につがいの水鳥は池から飛び立っていた。夕陽はとうに地平の彼方へと消え、庭は早くも宵闇の色に染まり始めようとしていた。随分と長い刻(とき)を伝次郎と共に過ごしたようだが、熊にはほんのわずかのようにしか思えず、どこか物足りないような気さえするのだった。

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