
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】
もう二度とこの打掛は着るまいと、熊はひそかに思った。
そんな熊の胸中を知ってか知らずか、勝子は花のような笑顔で言う。
「そう申せば、過ぐる日、そなたはお屋形さまに真っ向からたてついたとな。その上、小者の生命をお助けにならば、いかようなることでも致すとまで大言切ったそうな」
それまで優しげだった勝子の口調がガラリと変わった。
「今日、そなたを呼んだのは他でもない、お屋形さまのご命令を伝えるためじゃ」
権高な物言いに、熊はついに来るべきものが来たのだと知った。
あの日、熊は信虎に約束したのだ。堀田伝次郎の生命を助ける代わりに、何でも一つだけ信虎の意に従うと言った。
「判りました。お屋形さまの御意を謹んでお受けいたしまする」
死を言い渡されるのは判っていた。重臣の靖政を初め大勢の家臣の面前で恥をかかされた信虎がこのまま熊を放っておくはずがない。死罪はもとより覚悟の上、従容としてそれに従おうと考えてきた。
玄武と甲斐の橋渡しをすることは叶わなかったけれど、伝次郎のために死ねるのなら構わないと思う。泣きたいだけ泣けば良いと言ってくれた心優しい男のために死ぬのなら、自分がこの甲斐に来た意味も少しはあったのだろう。
そんな熊の胸中を知ってか知らずか、勝子は花のような笑顔で言う。
「そう申せば、過ぐる日、そなたはお屋形さまに真っ向からたてついたとな。その上、小者の生命をお助けにならば、いかようなることでも致すとまで大言切ったそうな」
それまで優しげだった勝子の口調がガラリと変わった。
「今日、そなたを呼んだのは他でもない、お屋形さまのご命令を伝えるためじゃ」
権高な物言いに、熊はついに来るべきものが来たのだと知った。
あの日、熊は信虎に約束したのだ。堀田伝次郎の生命を助ける代わりに、何でも一つだけ信虎の意に従うと言った。
「判りました。お屋形さまの御意を謹んでお受けいたしまする」
死を言い渡されるのは判っていた。重臣の靖政を初め大勢の家臣の面前で恥をかかされた信虎がこのまま熊を放っておくはずがない。死罪はもとより覚悟の上、従容としてそれに従おうと考えてきた。
玄武と甲斐の橋渡しをすることは叶わなかったけれど、伝次郎のために死ねるのなら構わないと思う。泣きたいだけ泣けば良いと言ってくれた心優しい男のために死ぬのなら、自分がこの甲斐に来た意味も少しはあったのだろう。
