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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

 しかし、次に勝子が口にしたのは全く予想外のものだった。
「お屋形さまはそなたに一日も早う靖政の屋敷からこちらに移るようにと申されておられる」
「え―」
 熊がその意味を計りかねていると、勝子は意味深な笑いを浮かべた。
「判らぬのか、お屋形さまは、そなたを側女としてお側へと申されておるのよ。それとも、何も知らぬふりをしておるだけなのか? 熊姫、そなたがお屋形さまの御前に突然出ていったのも、実はすべてそなたの謀(はかりごと)であったと申す者もおるのをご存じかえ?」
 言葉もない熊に、勝子は口の端を歪めた。
「そなたは玄武の姫としてこの甲斐に参りながらも、お屋形さまはご対面もなされず長年捨て置かれた。このままでは、そなたは一生忘れられた存在、日陰の身となることを怖れ、わざとお屋形さまのお眼に止まるように仕向けたという専らの噂ですぞ」
「そんな」
 熊はあまりの言葉に目眩(めまい)さえ憶えた。
「誓って申し上げます。私はそのようなことは考えたこともござりませぬ。それに、私はお屋形さまのお側に上がるつもりも毛頭ござりませぬゆえ」
 その言葉は、また別の意味で勝子の怒りを
誘ったようであった。勝子は美しい貌をゆがめた。

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