花鬼(はなおに)~風の墓標~
第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】
―良いか、太吉。森に棲む生き物たちも皆わしらと同じで生きている。わしたちが生きるために何の罪もない獣を殺して良いと思うのは、それは所詮わしら人間の思い上がりというもんだ。わしらに動物たちを屠る権利なんぞ端からない。だが、わしらは生きるために獣を狩る。だからこそ、必要以上の生き物の生命を奪ってはならん。仕留める獲物は必要なだけにとどめて、食べるときには獣に感謝しなければならんのだ。
卯平は太吉にも絢にも無益な殺生を固く戒めた。太吉は卯平の教えを忠実に守り、自分たちが生きてゆくために必要なだけの獲物しか獲ろうとはしなかった。ゆえに夫婦二人だけの生活はけして豊かではなかったけれど、愛する良人がいる幸せは絢にとってかけがえのないものであった。その時、絢は十六、太吉は十五になっていた。
あの日から三年の年月を数えた。
今も変わらず絢は毎日、卯平の墓参りに来る。太吉と二人で暮らす小屋からもほど近い場所にある泉の傍で卯平は永眠(ねむ)っている。小さな石を置いただけの墓は路傍の石ころと間違えてしまいそうなほどであった。今日も絢は父に逢いにきた。寡黙で無骨な印象しか与えないけど、心根はとても優しかった父は実は寂しがりやであった。
小さな泉はいつも満々と蒼く澄んだ水を湛えており、覗き込めば、どこまで深いのかも計り知れない。風もない今日は、鏡面のように静かな水面が周囲の樹々の緑を映し出している。泉の回りは椿が群生していて、二月も半ばのこの時季には白椿の花をたわわにつけ、辺りはかすかな甘い香りで満たされていた。
絢は椿の花を幾本か手折り、その中の一輪をそっと父の墓に供えた。白い花は鮮やかな緑の葉に囲まれ、その白さが余計に際立っている。清楚でありながら凛として咲くその佇まいは、何とはなしに絢を彷彿とさせた。
卯平は太吉にも絢にも無益な殺生を固く戒めた。太吉は卯平の教えを忠実に守り、自分たちが生きてゆくために必要なだけの獲物しか獲ろうとはしなかった。ゆえに夫婦二人だけの生活はけして豊かではなかったけれど、愛する良人がいる幸せは絢にとってかけがえのないものであった。その時、絢は十六、太吉は十五になっていた。
あの日から三年の年月を数えた。
今も変わらず絢は毎日、卯平の墓参りに来る。太吉と二人で暮らす小屋からもほど近い場所にある泉の傍で卯平は永眠(ねむ)っている。小さな石を置いただけの墓は路傍の石ころと間違えてしまいそうなほどであった。今日も絢は父に逢いにきた。寡黙で無骨な印象しか与えないけど、心根はとても優しかった父は実は寂しがりやであった。
小さな泉はいつも満々と蒼く澄んだ水を湛えており、覗き込めば、どこまで深いのかも計り知れない。風もない今日は、鏡面のように静かな水面が周囲の樹々の緑を映し出している。泉の回りは椿が群生していて、二月も半ばのこの時季には白椿の花をたわわにつけ、辺りはかすかな甘い香りで満たされていた。
絢は椿の花を幾本か手折り、その中の一輪をそっと父の墓に供えた。白い花は鮮やかな緑の葉に囲まれ、その白さが余計に際立っている。清楚でありながら凛として咲くその佇まいは、何とはなしに絢を彷彿とさせた。