
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】
その夜半、熊は自室の縁側に佇み庭を眺めていた。銀の眉月が紺色の空に頼りなげに浮かんでいる。吐く息が白く儚く夜気に溶けていった。
細く開けた障子から十二月の夜の冷気が忍び込んでくるのにも頓着せず、熊は白い夜着のまま庭に虚ろな視線を向けていた。
このままでいるわけにはゆかなかった。勝子に言われるまでもなく、信虎の命には絶対に逆らえない。もしあくまでも信虎を拒み続ければ、玄武の領主藤堂高影や実父高橋国親に累が及ぶ。たかが女一人が思いどおりにならぬからと信虎が玄武を攻めるとまでは考えたくないが、万が一には攻め入る口実にはなるかもしれない。
また、この甲斐で熊の身柄を預かっている仁科靖政にまで科が及ばぬとも限らない。冷酷な信虎のことだ、たとえ譜代の重臣だからとて、何の躊躇いもなしに取り潰してしまうかもしれない。元々、熊は人質としてこの甲斐へ来たのだ。その経緯を思えば、勝子の言うとおり、いつ何時、信虎の側室にという話が出ても不思議はない。甲斐にくるなり靖政の屋敷に留め置かれ、靖政が娘も同然に可愛がってくれたので、熊はそんな心配をしたことはなかった。熊は我が身の甘さ、迂闊さを思い知った。
細く開けた障子から十二月の夜の冷気が忍び込んでくるのにも頓着せず、熊は白い夜着のまま庭に虚ろな視線を向けていた。
このままでいるわけにはゆかなかった。勝子に言われるまでもなく、信虎の命には絶対に逆らえない。もしあくまでも信虎を拒み続ければ、玄武の領主藤堂高影や実父高橋国親に累が及ぶ。たかが女一人が思いどおりにならぬからと信虎が玄武を攻めるとまでは考えたくないが、万が一には攻め入る口実にはなるかもしれない。
また、この甲斐で熊の身柄を預かっている仁科靖政にまで科が及ばぬとも限らない。冷酷な信虎のことだ、たとえ譜代の重臣だからとて、何の躊躇いもなしに取り潰してしまうかもしれない。元々、熊は人質としてこの甲斐へ来たのだ。その経緯を思えば、勝子の言うとおり、いつ何時、信虎の側室にという話が出ても不思議はない。甲斐にくるなり靖政の屋敷に留め置かれ、靖政が娘も同然に可愛がってくれたので、熊はそんな心配をしたことはなかった。熊は我が身の甘さ、迂闊さを思い知った。
