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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

 もし、この道を選べば、自分は母を、父を故国を裏切ったことになるだろうか。人質としての務めも何もかもを放棄して、ただ愛する男とだけ生きようとしている自分は―。
 熊は庭を見ていた。既に紅葉の樹はその葉を殆ど落としていた。庭の池は夜の底でひっそりと静まり返っている。池の水面に水鳥が二羽、身を寄せ合うようにして眠っていた。 水鳥は眠ったまま水面に浮かんでいる。水上で長い首を翼の間に入れて丸くなる水鳥たちの習性を「浮寝鳥」と呼ぶ。その「浮き寝」をする様子は何とものんびりしているようでいながら、不安定にも見える。いにしえ人は心配事を抱えて安らかに眠れない夜をこの「浮寝鳥」にたとえてきた。
 熊もまた今、自分自身のあてどもない想いを二羽の鳥たちに重ねていた。ぬばたまの闇の底で熊はただ鳥たちを見つめていた。

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