花鬼(はなおに)~風の墓標~
第9章 夜明け―永遠へ―
【夜明け―永遠へ―】
熊の姿が仁科靖政の屋敷から消えたのは、それからほどなくのことだった。
熊は走る。
夜の中を懸命に駆け抜ける。
愛しい男の許へと、ただ一心に走り続けた。
池の水鳥たちを眺めていた半刻後、熊は足軽長屋の前に佇んでいた。そこは靖政に仕える足軽小者たちが住まう粗末な長屋であった。
靖政の嫡男である康一郎にあらかじめ伝次郎の住まいを訊ねておいたから、すぐに判った。初め、熊に訊ねられた時、康一郎は眼を見開いた。そのまなざしには明らかに訝しむ色が浮かんでいた。
―なにゆえ、そなたが堀田の居場所を知る必要があるのだ?
康一郎は単刀直入に問うてきたけれど、熊は何も応えなかった。ただ康一郎に縋るような眼を向けた。
康一郎は五人いる靖政の子女の中でも特に熊と親しかった。兄のおらぬ熊にとって、優しく頼りになる存在であった。靖政には打ち明けられぬことも康一郎になら話せたし相談できた。
―熊、そなたまさか。
熊を見る康一郎の眼には苦悶があった。
熊の姿が仁科靖政の屋敷から消えたのは、それからほどなくのことだった。
熊は走る。
夜の中を懸命に駆け抜ける。
愛しい男の許へと、ただ一心に走り続けた。
池の水鳥たちを眺めていた半刻後、熊は足軽長屋の前に佇んでいた。そこは靖政に仕える足軽小者たちが住まう粗末な長屋であった。
靖政の嫡男である康一郎にあらかじめ伝次郎の住まいを訊ねておいたから、すぐに判った。初め、熊に訊ねられた時、康一郎は眼を見開いた。そのまなざしには明らかに訝しむ色が浮かんでいた。
―なにゆえ、そなたが堀田の居場所を知る必要があるのだ?
康一郎は単刀直入に問うてきたけれど、熊は何も応えなかった。ただ康一郎に縋るような眼を向けた。
康一郎は五人いる靖政の子女の中でも特に熊と親しかった。兄のおらぬ熊にとって、優しく頼りになる存在であった。靖政には打ち明けられぬことも康一郎になら話せたし相談できた。
―熊、そなたまさか。
熊を見る康一郎の眼には苦悶があった。