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近くて遠い

第35章 現在と過去

私はそっとティッシュの箱をお父さんに差し出した。


恨まないであげてとお母さんが言った意味。


「泣かないで…」


震えるお父さんにそう声を掛けた。


許した訳じゃない…


でも


人は弱い。


窮地に立たされたら、正しいことが何なのか、分からなくなってしまう。


私だって、あの日、要さんがいなければ財布を取ろうとしてしまっただろう──


お父さんは


ずっと一人で家族を支えていて、

息切れして、

間違った考えが浮かんだ時に、助けてくれた人が

現れなかっただけなんだと


そう思った。



「帰って来てくれたじゃない…
だから、
もういいから…」


お父さんは、街で再会したときと同じくらいおいおい泣き出してしまった。



お母さん…


お母さんが言っていた意味はそういうこと…?



その問いが返って来る事はない。


ただ、

確かなのは

お父さんは私と隼人のところに戻ってきて、

もう若くはないその身体で一生懸命働いてくれている

という現状…



「引っ越すの?」



しばらく経ってお父さんが落ち着いた頃に話し掛けた。




「あぁ。来週から行ってくれと言われてな。」



来週…

もうすぐだ…



「小学校も近くにあるから、隼人はそこに通わせるよ。
それにな
給料も上がって少しお金に余裕が出来る。
真希にはずっとバイトをさせて悪かった…」



だからな──



とお父さんが言葉を続ける。



「……?」




「春から、
高校に通わせられる…」



高校……



やむを得ず中退し、


執念も何もかも捨て去って、仕事をした。


だけどバイトの帰り道に目に入る学生の笑い声が

羨ましかったのも事実だ…。



「行っていいの……?」





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