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近くて遠い

第36章 目覚め

「うるさいっ!メイドの分際で──」



「ご主人様にとって
真希様はっ……
悠月様の身代わりだったのですかっ!!」



光瑠の言葉を遮って放たれた愛花の悲痛な叫びに



光瑠は一瞬身体を固まらせた。




「……何故お前が…


悠月のことをっ……」




悠月という聞き慣れない名前に要は顔をしかめていた。



「お答えくださいっ……!!!」



愛花はぼろぼろと泣きながら、

床に頭をつく。




夜の街で出会った少女…


この世を去った最愛の人の陰を宿していたのは


ほんの一瞬のこと…



命令をすれば、

不服そうな顔をし、

理不尽なことを言えば、

自分の権力を恐れることなく楯突いてきた。


気丈なのに


寂しがり屋で


すぐに涙を流す。




無理をするなといっても


一人で抱え込み、


使用人にも分け隔てなく接し


家族を思う気持ちは人一倍強く───






「真希は……




悠月じゃない…」





そんなことは




もうとっくに分かっていることだ。





「でしたら…

どうして『愛している』と

その言葉を真希様にお掛けにならないのですかっ…!


真希様はご主人様を信じてらっしゃいました!



パリからの帰国も心待ちにしてらっしゃった…」




──────待ってます…



確かに真希がそう言ったのを光瑠は思い出して胸を熱くした。



逆に、
メイドの叫びを聞きながら要は心を痛める。



光瑠の帰国の日


部屋を訪れた時、
微かにすすり泣く真希の声が聞こえたのを思い出す。


だが、
要はひたすら真希の正体が知りたくて、

詳しく聞くこともせずに、自分の話を強引に進めてしまったのだ。



「だがっ……

帰ったら真希は関根とっ…」


光瑠はチラと要を見たあと、歯をくいしばって俯いた。



その様子を黙って見ていた古畑が立ち上がって口を開いた。



「あの日…

真希様は

悠月様の写真を持って、

しきりに『これは誰か』と私に聞きにいらっしゃいました。」


光瑠は、
古畑の言葉を聞きながら
ハッと息を飲んだ。



真希の母が亡くなった日、


真希の悲痛な叫びに、


光瑠は心を壊し


悠月の写真を机の上に置いたままに──



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