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不器用なタッシュ

第13章 奪回

「クッソ!!」


怒り任せに携帯をフロントガラスに投げ付けそうになったが、思い止まる。


やり場のない怒りを助手席のシートに叩き付けた。


車を乗り捨てて、走って香織の職場に行けば間に合うかもしれない――――。


だけどほんの一瞬の躊躇が仇となる。


数秒後、会社の入り口から香織の手を小田切が引っ張って、車の進行方向とは反対にダッシュで走っていく姿が見えた。


「ちっく……ぅ」


怒鳴りたい罵声が、噛んだ唇に塞がれる――――。


これが外国の映画なら、周りの車を無視して、エンジン全開で追い掛けるシーンだろう。


でも現実は、狭い国の窮屈な都心に息苦しく車体は犇めいていて、車を発進させるだけでも簡単にはいかない。


クラクションを鳴らすか?


そんなことするだけ、無駄だろう。


小田切を喜ばすだけな気がする。


ここがイタリアなら、ピストルの一つくらいぶっぱなせたかな――――。


「く、くっくっくっ……まぁ、今日は見逃してやるよ」


口元には冷たく笑みを浮かべ、バックミラー越しに遠くなっていく二人を、虚ろな目で見詰めていた。

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