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不器用なタッシュ

第14章 発動

『しばらくイタリア準備で忙しいから、一カ月くらいバタバタする』


翌日、香織が会社に出勤する頃、メールを送った。


昨日の今日で、返事なんか期待していない。
今あれこれ香織にいったところで、逆効果なことぐらい俺にだって分かる。


実際イタリアへ行く準備はしなければならなかったし、下手な理由を並べるよりはリアリティがあるだろう。


「今は、時間が必要だ……」


メールを送った携帯を握りしめて、ソファーの背凭れに仰け反りながら天井を仰ぐ。


香織と出会ってから、付き合うまで二年間費やしたんだ。
コンテストの時だって、半年は堪えたんだ。

一ヵ月くらい――――くっそ! 早く過ぎろよ!


昨日のことは頭にきているし、俺のことを馬鹿にした小田切を今直ぐにボコボコにしてやりたい。


あのムカつくほど整った顔で、香織をそそのかしているかと思うと、イーゼルを壁に叩きつけそうな衝動に駆られる。


ボスッ!!


怒り任せに、携帯を握っている手をソファーに叩き付けた。


胸の奥から溢れ出してくる、黒いマグマに全身が支配されそうになる。


ドロドロじた感情は、暗闇に俺を飲み込んでいく。


この感覚、何度も味わって慣れっこな筈なのに、今日は妙に息苦しく感じた。


「香織……」


香織の名前を呼ぶと、この呪縛から一瞬開放される。


人ってやっぱり、救いを求めるもんなんだな。


全身を覆うヘドロを振り払いたくて、あの日香織の中に自分の欲望を吐き出した快感を蘇らせると、体中の細胞が熱を帯びたように興奮してきて、ブルッと背中を震わせた。


「まだ、可能性はあるさ……」



この時の俺は、それが君をどれだけ苦しめることになるかなんて、考えもせずにいたんだ――――。

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