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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第5章 光と陽だまりの章②

 その音に負けないくらい、美月の胸の高鳴りも大きくなっていた。このままでは、勇一に気付かれてしまうのではないかと心配にすらなる。勇一が好んで使うコロンの柑橘系のさわやかな香りが鼻腔をくすぐった。
―勇一さんが好き。
 言葉は、すとんと胸に落ちてくる。気付いてしまうと、その気持ちは当たり前のようにそこにあった。
 彼の香りに包まれて、美月は次第に頬が熱くなってゆくのを感じる。頬だけではない、顔全体も。
 と、勇一は抱きしめていた腕の力を少し抜き、ゆっくりと身体を離す。完全に離れるのではなく、両腕の中に美月を閉じ込めたまま、端整な顔をゆっくりと近づけてくる。
 つややかにきらめく漆黒のまなざしが、笑みを含んで細められた。
「美月」
 名を呼ばれ、煩くなっていた美月の心臓が余計に跳ね上がる。
 勇一のことを考えただけで、心がざわめく。
 でも、晃司のことを思い出したときの怖ろしさとは違って、軽やかな気持ちだ。
 花が優しく風にそよぐような。
 互いの呼吸すら聞こえてきそうなほど間近に勇一の貌が迫っていた。桜色の唇を塞がれた瞬間、美月の身体がふるりと震えた。
 恋人たちの幸せな時間を邪魔しないように、大銀杏の樹がそっと優しく木の葉を落とす。
 その他には、人影もない静かな秋の公園だった。

 この後、勇一と美月は大家の白石さんから、さんざん冷やかされることになった。というのも、二度目に産婦人科を受診した翌日、二人は結婚報告と今更だが、美月が引っ越してきた挨拶を兼ねて手土産代わりの品物を持って白石さんを訪ねたからである。
 アパートのその他の住人たちにも同じ物を配って歩いた。それは二人で駅前のデパートに行って、ギフト売り場で選んだブランド物のタオル・セットだった。ホワイトとパステルピンクのタオルの片隅に犬の絵が刺繍されていて、その顔が〝どことなくポッキーに似ている〟と言った美月が気に入ったのだ。
 その後で、ジュエリー売り場に寄り、勇一が美月と自分のリングを買った。むろん、プラチナのお揃いのリングは結婚指輪だ。

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